* 週刊フォトエッセイ*

世界マンボ紀行

  文/パラダイス山元 --->Back Number


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写真提供:パラダイス山元








199 明けマンボおめでとうございマンボ!

 公認サンタクロース稼業もようやく一段落。なにもかも終わって、安らかなお正月をおくっているマンボ野郎です。
 さてさて、ご愛読頂いております「世界マンボ紀行」も次号で200号を迎えます。
 これまで私のマンボな半生を赤裸々に綴って参りましたが、ようやく今から5,6年ほど前あたりのところまできました。ここから、さらにパワーアップしたマンボな生きざまが語られますので、どうぞお楽しみに。これからも「世界マンボ紀行」をどうかよろしくお願いいたしマンボ。

 ファーストシングル「洋酒天国」は、発売直後からかなりマニアックな作品という評価がつきまとい、これまでのマンボボーイズファンからは見向きもされないばかりか「純粋なラテンファンとして、これでいいのか?と首を傾げたくなるような内容」(某音楽専門誌)などと散々な言い方をされた。最初から100万枚目指しているアーティストじゃあるまいし、隙間のさらに隙間の隅っこの「ラテン歌謡」というジャンルの使い古されたロウソクに火を灯したような行為であったはずが、意外にもまわりの期待が大きかったせいか、随分な言われ方をされた。しかし、拾う神もいた。渋谷クラブクアトロをグランドキャバレーに見立てて公演を続けていた「パラダイス山元と東京ラテンムードデラックス」を陰でそっと見つめていた眼孔の鋭い黒いスーツ姿の男性こそ、のちに「渋谷パルコ・グランドキャバレーショウ」、そして深夜番組「ラテン専科」を立ち上げた、日本のラテン音楽界で陰の首領といわれていた、当時河田町のテレビ局に勤務するM氏なのであった。
 クアトロの入口で、満員のため入場を断られても、換気口のダクトから潜入するは、その後の公演で1万円のデラックスボックスシート席を前売り発売初日に全席買い占めてしまうなど、とにかくただ者ではなかったのだ。


2002年01月09日掲載

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