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写真提供:パラダイス山元


* 週刊フォトエッセイ*

世界マンボ紀行

  文/パラダイス山元 --->Back Number 




201 さよならEXテレビ

「パラダイス山元と東京ラテンムードデラックス」の活動がメインとはいえ、舞い込む仕事はなんでも拒まずに受けていた私だった。営業活動もしていなければ、逆に無理にその他の仕事を増やすこともないと思っていたからだ。
 日本テレビの「EXテレビ」にはずいぶん出させてもらった。深夜の大人向けバラエティーという趣旨に果たしてあっていたかどうか、今となっては大変疑問なのだが、昭和の特撮映画、音楽などの話題になると必ずお声がかかるのであった。ミュージシャンではなくて、「昭和のマンボ文化にお詳しい・・・」とかなんだか釈然としない肩書きがつけられ、もっともらしいことをしゃべる。扱いは、一応「文化人」。文化人なんていっても、ノーベル賞もらうような人もいれば、うさんくさいニオイぷんぷんの深夜番組専門の○○評論家みたいのまでいっぱいおりますわな。もちろん私は後者に限りなく近いということも自覚はしているのだが、EXテレビでは扱いがヨカッタ。とってもヨカッタ。司会の三宅裕司さんも、実はタイヘンなマンボ好きであったし、なによりゲストで呼ばれたときの特集テーマがイカしていた。「昭和の特撮映画キャバレーシーン名場面集」とか「カラオケに殴り込み!横森良造&パラダイス山元の出張生伴奏」など、一級のクダラナサであった。新宿のカラオケボックスにアコーディオンを抱えた横森さんと、コンガ担いだパラダイス山元が乱入、客に無理やり生伴奏で歌わせるなどという企画は、電波少年なんかにかなり近いものと思われた。しかしそういった馬鹿馬鹿しいネタであればあるほど私は燃えた。そういえば番組で今は亡き「モダンチョキチョキズ」の特集なんてやったときは、私は司会者にされていた。三宅さんはどうしていたかというと、タクシーの運転手さんの役だった。
 そんなすっとこどっこいな番組が突然打ち切りになってしまった。またひとつ、良質な大人のカルチャーの火が消えてしまったのだった。


2002年01月23日掲載

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