写真
---> 拡大表示

渋谷中央街ガード下で演奏する
パラダイス山元と東京ラテンムードデラックス
※写真提供:パラダイス山元


* 週刊フォトエッセイ*

世界マンボ紀行

  文/パラダイス山元 --->Back Number 




233 渋谷のガード下でマンボ!

 再び、パラダイス山元のいにしえのマンボな歴史に触れるこのコラム。話は、さかのぼって20世紀の終わりのこと。
 いつもながら、あちこちからお声がかかれば新鮮なマンボを直接お届けする(いわゆる営業)パラダイス山元と東京ラテンムードデラックス一座なのでありました。
 渋谷公会堂や、渋谷クアトロといったステージをほんの少しだけご無沙汰していたところ、渋谷は渋谷でも思わぬところから声がかかってしまいました。
「渋谷中央街音楽祭」という近くの神社のお祭りにあわせて毎年行われる恒例行事。これまでは、演歌、マジックショー、若手のコントといった出しものがほとんどだったそうで、まず洋楽、ラテンなどとはおよそ縁がなかったイベントだったそうです。その証拠に、ステージには秋田の竿灯祭をほうふつとさせるおびただしい数の地元協賛スポンサーの名前の入った提灯がぶら下がり、音響も出音がバンバン跳ね返ってくる悪条件。それもそのはず、なんとステージは井の頭線のガード下の、やぐらを組んで作ったいわゆる特設ステージ。そしてお客様は、もちろん無料。通りすがりの人たちに向かって、マンボ波状攻撃という大胆さ。
 こういう営業に、もっぱら強い我々は、しっかり2部に分けられた45分づつのステージを無難にこなし、通りすがりの方達と「アーーーーッ、うっ!」のコール&レスポンスありでせいぜい盛りあがったところで、ステージを終えました。
 ステージから降りようとすると、人垣をかきわけて一人の男性が駆け寄ってきた。
「山元くーん、おーい幌南小学校の同級生の○○だよ、オマエ全然変わってないよなぁ〜、まだやってんだマンボ、こんなガード下で!」
 その会話は、まだオフっていなかったマイクを伝わって、聴衆に丸聴こえだったのでした。


2003年02月12日掲載

<--Back     Next-->



Webmaster :
ammo@tokyo.fujifilm.co.jp
Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部